MENU

厳しすぎるシニアの最終職場、ハローワークのやばすぎる現実

今回は「厳しすぎるシニアの最終職場、ハローワークのやばすぎる現実」をテーマに、
シニア世代の口コミを紹介していきます。

【シニアのひとり言】定年後の再就職が厳しすぎる。ハローワークで現実に直面するシニアの絶望のひとり言を集めてみました。

ひとり言1:元銀行支店長の絶望(60代・男性)
元メガバンクの支店長。…それが、私の誇りでした。
まさか自分が、定年後にハローワークに通うことになるとは思ってもみませんでした。
ハローワークの扉をくぐるたびに、正直、「屈辱」以外の何物でもない感情がこみ上げてきます。
忘れもしません。あの若い職員が、悪びれもなく放った一言。
「高橋さん、過去の経歴は一旦リセットしましょう」
…リセット?
その瞬間、頭にカッと血が上るのが分かりました。
40年ですよ。
40年間。
組織のために、家族との時間さえ犠牲にして、文字通り身を粉にして築き上げてきたキャリアです。
それが、たった一言、「リセット」だなんて…。
私の人生そのものを否定されたようで、体が震えました。
そして、彼らが持ってくる求人票ときたら。
警備員、マンションの管理人、清掃員…。
手取りで月16万円程度。
…冗談じゃない。
かつて私が育てた部下たちは、今頃役員になって、数千万の報酬を得ているというのに。
私が積み上げてきたものの価値は、この程度だったというのでしょうか。
家に帰れば、妻が呆れた顔で言うんです。
「いつまでも昔の栄光にすがってないで、現実を見なさいよ」って。
ええ、分かっていますよ。
頭では、痛いほど分かっているんです。
時代は変わった、私はもう「過去の人」なのだと。
でもね、心が…私のプライドが、どうしても受け入れられないんですよ。
この歳になって、まるで高校生のアルバイトのような時給で、誰かに頭を下げて働く自分の姿を想像するだけで、惨めでたまらない。
歳を取るということは、ここまで残酷なまでに、世間から求められなくなることなのか…。
今、私の胸には、ぽっかりと大きな穴が開いています。
そこを吹き抜ける風が、ただただ、冷たくて悲しいんです。
ひとり言2:遺族年金だけでは生きられない(65歳・女性)
あなたがいなくなって、もう5年になるのね…。
この家の静けさは、時々、耳が痛くなるくらいよ。遺族年金と細々としたパートのお給料だけじゃ、やっぱり心細くて。
65歳、意を決してハローワークの門を叩いたの。
でもね、世の中そんなに甘くなかったわ。
あのハローワークの寒々しい蛍光灯の下で突きつけられたのは、「パソコンスキル必須」の文字ばかり。 若い職員さんの指先が、キーボードの上でカチャカチャと軽やかに踊るのを見て、自分が急に、時代に取り残された古道具になった気がしたわ。
私なんて、家計簿はずっと大学ノートに手書きだし、スマホの画面だって、乾燥した指先じゃうまく反応してくれなくて、娘に呆れられながらやっと操作しているレベルなのにね。
結局、シルバー人材センターで紹介されたのは、週に3日の公園掃除と草むしりでした。
軍手を二重にしても、終わる頃には爪の間に黒い土が入り込んでる。
ずっとしゃがみっぱなしだから、腰が鉛のように重くなって、立ち上がる時に目の前がクラクラするのよ。
夏場の草の強烈な匂いと、目に沁みる汗の痛さは、今でも忘れられないわ。
そうやって体を張っても、月に稼げるのは3万円がやっと。
月末に、銀行のATMで通帳記入する時が、一番怖いの。
「ジーッ、ジーッ」って、あの機械が数字を印字する音を聞くだけで、動悸が激しくなる。
記帳された残高を見るたび、また5万円減ってるって…。
まるで氷のように冷たい手で、心臓をギュウッと鷲掴みにされたみたいに、息ができなくなるのよ。
私は、自分のごつごつした節くれだった手を、じっと見つめた。
もっと若いうちに、何か手に職をつけておけばよかった。
今さら後悔したって遅いんだけどねぇ…。
一人で生きていくには、世間の風は、私みたいな年寄りにはあまりにも冷たくて、痛すぎるわねぇ…。
ひとり言3:プライドが捨てられない父(35歳・娘より)
ねえ、お父さん……。 いつからだろう、この家の中がこんなに、刺すような冷たい空気で満たされるようになったのは。
工場長として何十年も現場を仕切ってきた、その分厚くて節くれだった手。
爪の間には、今も消えない機械油の匂いが微かに残っているわ。
お父さんのその『誇り』を、私は誰よりも尊敬してきたつもりよ。
でも、ハローワークから帰ってくるたび、お父さんは獣みたいに唸る。
『俺の技術を時給1,100円で買い叩きやがって』って。
吐き出される言葉が、部屋の空気をドロリと重く濁らせるの。
紹介された軽作業の求人票を、指先で弾いて『あんなのは誰でもできる』と切り捨てる。
面接でも、自分より年下の担当者に説教を垂れて、不採用の通知ばかりが玄関に溜まっていく。
そのたびにお父さんの眉間の皺は深くなって、家の中に不協和音が響くのだ。
お母さんの溜息が、夜の暗闇に白く溶けていくのを見たことがある?
私たちは、ただお父さんを否定したいわけじゃないの。
『少しだけでいいから、その硬い頭を下げてみて』
……そう願う私たちの声は、お父さんの高く分厚いプライドの壁に跳ね返されて、どこにも届かない。
ついに失業保険の給付も終わってしまったわね。
通帳の数字が減っていく焦り、明日が見えない冷え冷えとした恐怖。
家族みんなが、足元からじわじわと沼に沈んでいくような感覚……。
お願い、お父さん。 過去の栄光を、一度だけそっと横に置いて。
現実という名の、この冷たくて硬い地面を、私たちと一緒に見て。
このままじゃ、お父さんの守ってきたこの家が、音を立てて崩れてしまう。
もう、誰も笑わなくなった食卓で、私はただ……やりきれない思いを飲み込むことしかできないのよ。
ひとり言4:座れる仕事がない(66歳・元トラック運転手)
ふぅ……。
今日も、この白い紙切れを睨めっこして終わりか。 ハローワークの蛍光灯っていうのは、どうしてこうも、年寄りの目に突き刺さるんだろうな。
乾いた空気が、喉に張り付くようだ。
何十年も、あの巨大な鉄の塊を操って、日本中の道路を走り回ってきたんだ。
背中で感じるエンジンの轟音、夜明けの高速道路から見える、あの真っ赤な太陽。
それが俺の誇りだった。
まさか、たった一度のぎっくり腰で、その全てを奪われるとはな。
「ドクターストップです」。
医者の冷たい声が、今も耳にこびりついているよ。
年金だけじゃ、とてもじゃないが食っていけない。 だからこうして、ズキズキと疼く腰を湿布で誤魔化しながら、「座ってできる仕事」を探しに来てるってのに……。
窓口の若い職員が持ってくるのは、決まって「コールセンター」か「データ入力」だ。
おいおい、勘弁してくれよ。
俺のこの、油と泥にまみれてきたゴツゴツした指を見てくれ。
ハンドルを握るための手だ。
繊細なパソコンのキーボードなんて、触ったこともない。
だいたい、老眼鏡を二重にかけたって、あんな米粒みたいなキーボードの文字、霞んで見えやしないんだよ。
それを正直に伝えたら、彼は面倒くさそうに眉をひそめて、こう言ったんだ。
「では……警備や清掃はいかがですか?」
(乾いた、短い笑いを漏らす)
ははっ……。
だから、腰が悪いから、立ったり座ったりが辛いから、座り仕事を探してるって、最初に言っただろう。
俺の声は、彼らには届いていないのか。
それとも、最初から聞く気なんてないのか。
結局、今日も面接の約束ひとつ取り付けられず、ただ求人票の山を眺めるだけで一日が終わる。
薄っぺらい紙に並んだ文字が、全部、
「お前の席はもうない」
「お前はもう用無しだ」って言っているように見えてくるんだ。
社会から、見えない烙印を押された気分だよ。
もう半年以上、この惨めな繰り返しだ。
なぁ、教えてくれよ。
こんな思いをしてまで、俺は……生きてる価値が、本当にあるのかねぇ……。
ひとり言5:50社落ちても立ち続ける(60歳・女性)
ああ……今日も足が石みたいに硬いわ。
温かい白湯を一口飲むだけで、冷え切った胃の奥がじわっと震える……。
まさか還暦を過ぎてから、こんなに必死に、泥を這うように働くなんて思ってもみなかったわ。
5年前、5歳も若くて働き盛りだった主人が、突然『リストラされた』って青い顔で帰ってきたあの日。
あの日から、我が家の穏やかだった時間は、音を立てて壊れてしまった。
『私が支えなきゃ』って、20年ぶりにハローワークの重い扉を叩いたけれど……。
あの冷たいカウンターで突きつけられたのは、私の40年が『ただの主婦の空白』でしかないという現実だったわ。
スーパーのレジ打ちしか経験のない私に、開かれている門なんてどこにもなかった。
50社……。
送った履歴書は、全部が『お祈り』という名の中身のない手紙になって返ってきたわ。
たまに面接に呼ばれても、若い担当者が私の顔を見て、薄笑いを浮かべながら言うのよ。
『体力的に大丈夫ですか?』って。
あれは気遣いなんかじゃない。
暗に『もうお引き取りください』って言われていたのね。
遠くで鳴る時計の音をぼんやり聞きながら私は過去の面接を思い出していた。
今の弁当工場の、時給950円だ。
揚げ物の油の匂いが、服の繊維にも、髪の芯にも染み付いて、何度洗っても落ちない。
ベルトコンベアの前で、8時間立ちっぱなし。
隣でテキパキと動く二十代の子たちの手が、まるで魔法みたいに速く動く。
私の震える手じゃ、どうしても追いつけないの。
ラインを止めそうになるたびに飛んでくる、冷ややかな視線。
『すみません、すみません』って、一日に何度、あの子たちに頭を下げているかしら。
わたしは奥の部屋の、閉ざされた襖を見つめていた。
主人は、あそこでずっと暗闇を凝視している。
私が疲れ果てて帰ってきても、声もかけられない。 かつてはあんなに頼もしかった主人の背中が、今は小さく、部屋の隅の影に溶け込んでしまいそうで……。
ああ……。もう、何も考えたくない。
でも、明日もまた日が昇れば、あのコンベアの前に立たなきゃいけないのね。
いつまで持つかしら。私の体も、主人の心も。
もう、本当に……限界なのよ。
➊ひとり言6:ハローワーク職員の本音(45歳・職員)
あっ痛たた。
今日も肩がパンパンだ。
45歳の体には、この一日中座りっぱなしの相談業務が堪えるようになってきたな。
それにしても、今日最後のあの男性…。
典型的な『元大企業サマ』だったなぁ。
ブースに入ってくるなり、ドカッと椅子に座ってさ。履歴書を出す手つきが、まだどこかの役員室にいるみたいだった。
仕立てのいいスーツに、綺麗に磨かれた革靴。
ここじゃ、かえって浮いて見えるってことに、本人は気づいていない。
『私はね、山一商事の部長まで務めた人間なんだよ』
低い、よく通る声。
きっと現役時代は、その声で部下たちを動かしていたんだろう。
でも、私が差し出した求人票——警備員や、倉庫の軽作業——を見た瞬間、その眉間がピクリと動くのが分かった。
『時給1,100円? こんな給料で働けるわけがないだろう。私のキャリアを馬鹿にしているのかね』
…馬鹿になんて、するわけないじゃないですか。
あなたのその立派な経歴が、どれだけの努力の上に築かれたものか、私だって想像くらいはできますよ。
冷めきった渋いお茶を一口すすり、湯呑みをデスクに置く音が、静かになったフロアにカツンと響く。
でもね、現実は乾いた砂のようにシビアなんです。 企業が今、シニアに求めているのは、『即戦力の専門スキル』か、あるいは『誰にでもできる単純作業』のどちらかなんです。
残酷だけど、それが市場の原理なんだ。
『元部長』という肩書きや、過去の栄光は残念ながら、今の労働市場では一円の価値にもならない。
その現実を突きつけられて、プライドが許さないのは分かる。
だからって、何ヶ月も求人に応募すらしないまま、この窓口に通い続けるだけでいいんですか?
あなたのファイル、もうこんなに分厚くなってるじゃないですか。
わたしは窓の外、暗くなった街並みをぼんやりと見つめて心の中で思った。
家に帰れば、心配そうに待っているご家族がいるでしょう。
何より、あなた自身のこれからの生活があるでしょう。
お願いだから、一度でいい。
その重たい鎧を脱ぎ捨てて、『ゼロベース』で考える勇気を持ってほしい。
…なんてこと、面と向かっては言えないんだけどさ。
明日もまた、『一緒に頑張りましょう』って、笑顔で言うしかないんだよな、私は。
ひとり言7:早期退職という名の罠(58歳・男性)
……はぁ。何やってんだか、俺は58歳で長年勤めたメーカーを早期退職した。
あの時の俺は、目の前にぶら下げられた『退職金割増』っていう甘い蜜に、まんまと飛びついた愚かなハエだったんだな。
『人生最大の失敗』。そんな言葉じゃ軽すぎるくらいだ。
あの頃は本気で思ってたんだよ。
『まだ50代だ。マネジメント経験だって十分にある。次の椅子なんてすぐに見つかるさ』ってね。
とんだ自信過剰、世間知らずの裸の王様だったわけだ。
ハローワークの無機質な検索機の前で、民間の転職サイトの画面の前で、俺のプライドはズタズタに引き裂かれた。
面白いほど落ちる書類。
不採用通知のメールに書かれているのは、決まって『年齢』という超えられない壁。
たまに面接に呼ばれたかと思えば、出てくるのは息子ほども歳の離れた若い面接官だ。
彼らが俺に向ける、腫れ物に触るような丁寧すぎる言葉遣い、気を使っているのが痛いほど伝わってくる視線……。
あれほど惨めな時間はなかったな。
自分が、価値のない粗大ゴミになった気分だった。
俺は、天井の隅で、埃を被った換気扇が低い唸り声を上げているのを見上げていた。
そして今、俺がいるのはここだ。
月給22万円のビルメンテナンス会社。
前の会社の6割以下の旧臘だ。
たった …22万?
笑わせるよな。
家のローンの残高通知書、この前見たときは、まだ1,500万円って数字が並んでた。
あの数字が、夜中にベッドの中で俺の首を絞めてくるんだ。
安易な決断だった。
たった一度の、あの安易なサインが、俺だけじゃなく、妻や子供たちの未来まで塗りつぶしちまった。 家族を不幸にしたのは、他の誰でもない、この俺だ。
作業着のポケットから、冷え切った缶コーヒーを取り出し、プルタブを開ける乾いた音が、狭い部屋に響く。
さあ、休憩終わりだ。
華やかなオフィスビルで働く連中が出したゴミを、片付けに行くとしますか……。
ひとり言8:住人の一言で折れた心(67歳・夫より)
……なあ、母さん。
そんなに自分を責めないでくれよ。
ずっと専業主婦として、この家を守り続けてくれたお前が、『生活の足しになれば』って、慣れない外仕事に出ようと決めてくれた時……本当は、申し訳ない気持ちでいっぱいだったんだ。
俺の年金が、思っていたよりずっと少なかったばかりに。
シルバー人材センターから仕事が決まったあの日、お前、あんなに嬉しそうに報告してくれたじゃないか。
『マンションの掃除だけど、体を動かすのはいいことよね』って、鏡の前で身なりを整えてさ。
でも、たった一ヶ月だったな。 お前が真っ赤な目で帰ってきて、玄関で崩れ落ちるように泣き出したあの日のこと、俺、一生忘れられないよ。
テーブルの上に置かれた、もう使われることのない掃除用具の入った袋をぼんやりと見つめて、
『もっと隅までちゃんとやってよ』……。
自分の娘よりも若いような女性に、冷たい声でそう言い捨てられたんだってな。
一生懸命、冷たい水で雑巾を絞って、腰を痛めながら床を這いつくばって……。
そうして守り抜こうとした、ささやかな家庭の平和が、あの一言で粉々に打ち砕かれたんだ。
お前、泣きながら言ったよな。
『お金のためにあんな屈辱を味わうくらいなら、もう貧乏でいい。食べられなくなってもいい』って。
月2万円。
たった2万円かもしれないけれど、今の俺たちにとっては、一ヶ月の食費を支える大きな、大きな2万円だった。 でも……。
重苦しい沈黙の中で、カチ、カチと時を刻む時計の音をだけが響いていた。
あの日以来、この家からは会話が消えてしまった。 お前は、前みたいに笑わなくなった。
食事を作っていても、掃除をしていても、どこか魂が抜けたような顔をして……。
家の中に、冷たくて重い霧が立ち込めているみたいだ。
働くっていうのは、ただ体を動かしてお金をもらうことじゃないんだな。
こうやって、大切な人の心を少しずつ削り、すり減らしていくことでもあるんだと……。
守りたかったはずの生活が、働くことで壊れていくなんて、こんなに悲しい皮肉があるだろうか。
なあ、母さん。 俺に……俺に、何ができるんだろうな。
ひとり言9:使い捨てにされるシニア(61歳・男性)
……痛むなぁ。 俺は、61歳。
自分では、まだまだ現役のつもりだったんだ。
定年まで大きな病気一つせず、現場でバリバリやってきたっていう自負があった。
だから、物流倉庫のピッキングなんて楽勝だと思ってたんだよ。
体を動かして、時給1,200円なら悪くないってな。
でも、あそこは俺の知っている『職場』じゃなかった。
……あそこは、ただの戦場だった。
俺は、埃っぽい巨大な倉庫の、冷え切ったコンクリートの感触を思い出していた。
見上げるほど高い棚に囲まれて、一日中、重い荷物を抱えて何万歩も走り回る。
耳元では、息子よりも若いリーダーが
『もっと早く!』
『そこじゃないだろ、何やってんだ!』って、
まるで壊れた機械みたいに怒鳴り続けてくるんだ。 周りを見渡せば、言葉の通じない外国人労働者と、スマホをいじる20代の若者ばかり。
休憩室の片隅で、冷え切ったペットボトルの水を飲みながら、俺はただの一度も誰とも目が合わなかった。
あそこじゃ、俺は人間ですらなく、ただの移動する番号だったんだな。
遠くで鳴る、夕暮れのチャイムをぼんやり聞いていた。
たった三週間で、膝が嫌な音を立てて、悲鳴を上げたんだ。
医者に『もうこれ以上は無理だ』と言われた翌日、杖をついて会社に相談に行ったらさ……。
担当者は俺の顔も見ずに、
『じゃあ、辞めてもらうしかないですね』って。
まるで、使い古してボロボロになった段ボールみたいに、あっさりとゴミ箱に捨てられたよ。
労災を申請したいって食い下がったけど、
『それはあなたの自己管理の問題ですから』って一蹴だ。
社会保険にも入れてもらえなかったから、明日からの治療費すら、削られていく貯金から出すしかない。
暗い部屋の中で、力なく笑う。
ははっ……。
時給1,200円のために、一生歩けなくなるかもしれない怪我を負って……。
一体、何のために俺はあんなに必死に走ったんだろうな。
体を壊して、心までズタズタにされて、残ったのはこの痛みと、湿布の匂いだけか……。
なあ、教えてくれよ。
真面目に生きてきた老後の報いが、こんな、使い捨てのガラクタみたいな終わり方でいいのかねぇ……。
ひとり言10:70歳、生きるための必死(70歳・男性)
……はぁ。何度見返したって、数字が増えるわけじゃないのにな。
70歳。
古希だなんて祝う余裕、どこにもありゃしないよ。 国民年金、月にたったの6万円ちょっと。
ここから家賃を払って、光熱費を引いてごらんよ。手元に残る小銭なんて、本当に、これっぽっちさ。 かじかんだ指先で、財布の中の数枚の硬貨をジャラリと鳴らす。
これで、どうやってあと一ヶ月、食べていけばいいんだか。
ハローワークのあの独特の空気も、もううんざりだ。
窓口の人は、いつも申し訳なさそうに眉を下げる。『70歳以上となると、ご紹介できる求人はかなり限られてきまして……』ってね。
分かってるよ。そんなこと、痛いほど分かってる。 だから、誰でもできるはずの清掃やポスティングに応募してるんじゃないか。
それでも、返ってくるのは『もっと若い人が来たから』っていう、冷たいお断りの言葉だけ。
冷めたお茶を一口すすり、湯呑みを強く握りしめる。
この間の面接、思い出すだけで胸が苦しくなるよ。 若い面接官が、俺の顔をジロジロ見て、こう聞いたんだ。
『お元気そうですが……あと、いつまで働けますか?』って。
その瞬間、言葉が喉に詰まって、息ができなくなった。
あれは、健康状態を聞いてるんじゃない。俺にはこう聞こえたんだ。
『あんた、あと何年で死ぬ予定なんだ?』って。
誰が好き好んで、この歳になってまで働きたいもんか。
毎日、体のあちこちが痛むのに、鞭打って外に出る。
生きるために、ただ今日一日を食いつなぐために、必死なだけなんだよ。
この国は、この社会は……還暦を過ぎた人間には、とことん優しくないねぇ まるで、早く消えてくれと言わんばかりだ……。
ひとり言11:孫のために身につけたスキルが(64歳・元公務員)
……ふぅ。腰にくるな、この重さは。
まさか定年を過ぎてから、一日に何十箱も冷蔵庫や洗濯機の部品を運ぶことになるとは……。
元公務員として、30年以上、一枚の書類の不備も許さず真面目に勤め上げてきた。
退職金だって、人並みにはもらったつもりだ。
大きな贅沢はしなくても、カミさんと二人、穏やかに隠居生活を送れる……そう信じて疑わなかった。
作業服のポケットに指を入れ、三ヶ月間必死に勉強して取った、端の折れ曲がった資格証の感触を確かめなた。
すべては、あの初夏の日。
孫が『私立の大学で学びたい』と、少し申し訳なさそうに、でも目を輝かせて打ち明けてくれた時から始まったんだ。
息子の給料だけじゃ厳しいことは分かっていた。 『じいじに任せておけ』……。
あの時の孫の嬉しそうな顔を守りたくて、私はもう一度、社会に出る決意をしたんだ。
ハローワークで勧められたパソコンインストラクターの訓練。
三ヶ月間、慣れないマウスを握り、若い連中に混じって必死に画面にかじりついたよ。
視力は落ちたが、頭はまだ動く。
資格も取った。
これがあれば、冷房の効いた教室で、誰かの役に立ちながら働ける……。
淡い期待を抱いて臨んだ面接だった。
冷え切った缶コーヒーのプルタブを開け、乾いた喉に流し込む。渋みが舌に残る。
『ご経歴は素晴らしい。ですがね、教える相手はデジタルネイティブの若者ですよ。お父さんには少し……』
あの担当者の、同情を含んだような薄笑い。
私の積み上げてきたキャリアも、三ヶ月間必死に詰め込んだスキルも、 『64歳』という数字の前では、ただのガラクタ同然だったというわけだ。
結局、採用されたのはこの時給950円の品出しの仕事だった。
汗をかいて、埃にまみれて、段ボールを解体する毎日。
せっかく身につけたスキルを披露する相手は、一台のパソコンも置かれていない、この冷たいコンクリートの壁だけだ。
虚しい……。
いや、孫の学費のためだ、そう自分に言い聞かせてはいる。
だが、時折ふと思うんだ。
私が削っているのは、自分の時間だけじゃなく、これまで築いてきた『自分自身』なんじゃないかって。
遠くで店員が呼ぶ声がする。重い腰を上げ、再び軍手をはめ直しながら、私はさあ、仕事に戻るか、と自分に気合を入れる。
私の三ヶ月間の努力も、この段ボールみたいに、最後は小さく畳まれて捨てられる運命なのかもしれないな……。
ひとり言12:採用担当者の困惑(48歳・採用担当)
……はぁ。もう、こんな時間か。
机の上に置かれた、彼——先月採用した65歳の新人さんの日報。
そこには、たった数行の進捗しか書かれていない。 ハローワークで会った時は、本当に実直そうで、『何でもやります、頑張ります』っていうあの言葉を信じたかったんだ。
人手不足の折、ベテランの安定感に期待した俺が甘かったのかな。
暗いフロアの、彼が座っている席をぼんやりと見つめて、まさか、朝一番に『パソコンの電源はどこですか?』と聞かれるとは思わなかった。
Excelの表を一つ、それもただ数字を入力するだけの作業に、彼は丸一日かけて……結局、計算式の壊れたシートが上がってくる。
電話が鳴るたびに、フロアに緊張が走るんだ。
彼が受話器を取る。
何度も何度も聞き返し、震える手でメモを取るけれど、結局相手の名前すら書き取れない。
『すみません、もう一度いいですか?』
その言葉が繰り返されるたび、他の社員たちがキーボードを叩く手が止まる。
空気が、ピリピリと凍りついていくのが分かるんだ。
『昔はそろばんで、これより早く計算したもんですよ』
彼は照れくさそうに、節くれだった指を動かして笑っていた。
悪気がないのは分かってる。
本当に、いい人なんだ。
でも……ここは思い出話を聞く場所じゃない。
手元の計算機で、今月の給与額を叩いてみる。180,000という数字が液晶に浮かぶ。
18万円。
中小企業にとって、決して安くないこの金額を払って、俺が買ったのは『戦力』じゃない。
周りの社員たちの『疲弊』と、滞りゆく『業務の山』だ。
彼のフォローに追われて、エース級の若手が残業を強いられている。
『善意』で人を雇うことが、これほどまでに残酷な結果を生むなんてな。
経営者は、ボランティアじゃいられない。
明日、彼になんて言えばいい?
その、そろばんを弾いてきた立派な指に、明日もまたマウスを握らせるのか?
窓の外、深夜の街を走る車のライトが、流れる涙のように一筋の光を残していく。
厳しいのは百も承知だ。
でも、これが現実なんだよな。
会社は……生きていかなきゃいけないんだから。
ひとり言13:同窓会に行けない理由(68歳・女性)
……あと、十分。
このお湯が沸いたら、またあのアスファルトの冷たい道を歩いていかなきゃいけないのね。
私は今、68歳。 昔、母がこの歳だった頃は、もっとゆったりと隠居生活を楽しんでいた気がするわ。
まさか自分が、真っ暗な午前4時に起きて、スーパーのバックヤードで重い台車を引くことになるなんて思いもしなかった。
時給1,100円のために、朝5時から8時まで 、凍えるような冷蔵庫の前で、腰を曲げて牛乳パックや野菜のコンテナを並べる毎日。
台車が床を擦るガラガラというあの無機質な音が、私の頭の中でずっと響いている。
まるで、『もっと働け、もっと動け』って、私を急かしているみたい。
切り詰めても、切り詰めても、毎月2万円ずつ通帳の数字が減っていく。
その2万円を埋めるために、私は自分の『時間』と『心』を削っているのね。
テーブルの隅に置かれた、結局返信しなかった同窓会の案内ハガキを、伏せるように指先で触れてみた。
この間、みんな集まったんでしょ。
LINEで回ってきた写真を見ちゃったわ。
海外旅行で見た夕日が綺麗だったとか、お孫さんの中学受験がどうだとか……。
眩しすぎて、すぐに画面を消したわ。
私だけよ。スーパーの品出しで腰が痛いなんて、そんな話、誰が聞きたいっていうの?
惨めだった。
みんなが笑っている場所で、自分の生活を隠し通す自信が、どうしても持てなかった。
暗い奥の部屋、夫の寝息が聞こえる方を見つめて、
つい、当たっちゃったのよね。
『なんでうちだけ、こんなにカツカツなの?』って。
そしたら、お父さん…… 『俺の稼ぎが悪かったからだ、すまない』 って。
あんなに寂しそうな、弱々しい顔を見せられたら、もう何も言えなくなる。
誰が悪いわけじゃない。
お父さんも真面目に働いてくれたし、私も精一杯やってきた。 でも……。
窓の外、白み始めた空を見上げる。
私、何を間違えたのかしら。
思い描いていた老後は、もっと……もっと温かくて、穏やかな場所だったはずなのに。
どうしてこんなに、冷たい空気の中に立っているんだろう。
さあ、行かなきゃ。
涙が出る前に、長靴を履いて……。
今日も、あのガラガラという音を鳴らしにいくのよ。
㉑ひとり言14:時代に取り残された父(38歳・息子より)
……またかよ、親父。
なあ、これ見て俺にどうしろって言うんだ?
『株式会社〇〇』。
名前だけ送られても、知るわけないだろ。
自分でググれば一発で出る情報なのに、なんでまず俺に投げるんだよ。
あのな、俺はあんたの専属秘書じゃないんだぞ。
信用金庫で何十年も、地元の名士たちを相手に堅い仕事を真面目にやってきたのは知ってるさ。
そのプライドもあるんだろう。
でも、その『真面目』の方向が、完全にズレてるんだよな。
スマホの画面をスクロールしながら、既読スルーした過去のメッセージを睨みつける。
会社のホームページすら見ようとしない。
気にするのは
『月給いくらだ』
『土日は休みか』
『ボーナスはあるのか』、
そればっかり。
……あのね、今どきバイト探してる高校生だって、もうちょっと店の雰囲気とか調べるよ。
俺だって、最初は親身になって言ったじゃないか。リビングで向かい合ってさ。
『ネットで評判調べたり、どんな事業か理解してないと、面接で話せないよ』って。
なのに、親父は焼酎の入ったグラスを揺らしながら、面倒くさそうに手を振るだけ。
『昔はそんなことしなくても、熱意があれば受かったんだ。細かいことは入ってから聞けばいい』
……はぁ。いつの時代の話をしてるんだよ。
今は昭和じゃない。
あんたの生きてきた『古き良き時代』の常識なんて、もうとっくに賞味期限切れなんだってば。
案の定、面接は全敗だろ。
帰ってきて、ブツブツ文句言いながらテレビのチャンネル変えてる背中見てると、腹が立つの通り越して、情けなくなってくるんだよ。
『最近の若い面接官は、礼儀がなってない』
じゃないんだよ。
礼儀がなってないのは、準備もせずに丸腰で挑んでる親父の方なんだよ。
スマホの画面を閉じ、暗くなった天井を仰ぐ。
このままじゃ、どこにも引っかからないぞ。
悪いけど、俺だって自分の生活で手一杯なんだ。
まさか、この歳になって、世間知らずな父親の就活の『いろは』から教えなきゃいけないとはな……。 先が思いやられるよ、ほんと。
ひとり言15:真綿で首を絞められる恐怖(60歳・男性)
……15万円。
何度計算し直しても、電卓が弾き出す数字は変わらないな。
60歳での雇い止め。
『自己都合じゃないから、すぐに失業保険が出る』。その言葉だけを頼みの綱に、なんとか心を保ってきたっていうのに。
蓋を開けてみれば、これだ。
現役時代の半分以下。
震える指先で、傍らに置かれた住宅ローンの返済予定表をなぞる。
ここから家のローンを引いて、管理費を払って、冬場の高い光熱費を払ったら……。
手元に残るのは、スズメの涙ほどの小銭だけじゃないか。
これで、どうやって食べていけって言うんだ。霞でも食ってろって言うのか。
今日、ハローワークの認定日で、思い切って窓口の職員に言ったさ。
『これじゃ生活できません。計算間違いじゃないんですか』って。
でも、返ってきたのは、パソコンの画面から目を離しもしない、乾いた事務的な声だけ。
『規定通りの計算です。不服があるなら審査請求もできますが……』
冷めきったコーヒーを一口すすり、その苦さに顔をしかめる。
……ああ、そうかい。『規定』ね。
あんたらにとっちゃ、俺の生活なんて、ただの数字の羅列に過ぎないんだろうな。
働く意欲はあるさ。まだ体だって動く。
でも、検索機が吐き出す求人票は、どれもこれも、このギリギリの給付額をほんの少し上回る程度のものばかり。
これじゃ、何のために働くのか分からない。
窓の外、ゆっくりと夜の闇に沈んでいく街並みをぼんやりと見つめて小さくつぶやいた。
……怖いな。
真綿で首を絞められるってのは、こういう気分のことを言うんだろう。
毎日、少しずつ、確実に、息ができる空間が狭まっていく。
給付期間の90日。
カレンダーの数字が一日減るたびに、俺の寿命も一日縮まっていくような、そんな底なしの恐怖に押しつぶされそうだよ……。
ひとり言16:40年のキャリアがガラクタに(63歳・元SE)
……40年。俺の40年は、一体何だったんだろうな。
IT業界の最前線で戦ってきたっていう自負があった。
メインフレームが全盛だった頃、不眠不休でコードを書き殴り、この国のインフラを支えているのは自分たちだっていう誇りがあったんだ。
指先がキーボードの感触を覚えている。
今だって、あの頃の言語なら、目を閉じていても組めるはずなのに。
モニターの青白い光に照らされた、節くれ立った自分の手を見つめた。
ハローワークで紹介されたあのWeb系の会社。
扉を開けた瞬間、冷や汗が止まらなかったよ。
壁のないオープンなオフィス。
飛び交う横文字。
面接官の席に座った、息子ほども歳の離れた若い男が、事も無げに聞いてきたんだ。
『クラウドの構築経験は?』
『Slack(スラック)でのコミュニケーションは問題ないですか?』って。
……クラウド?
雲のことか?
スラック?
聞いたこともない。
俺が必死に守ってきた世界は、彼らにとっては、もう地図に載っていない旧大陸だったんだな。
言葉の通じない異国に放り出されたような、あの絶望的な孤立感……。
一番こたえたのは、あの男の目だ。
俺のしどろもどろな答えを聞いて、彼はふっと、ため息をついた。
そして、憐れみすら含んだような、残酷なほど優しい声で言ったんだ。
『お父さん、もう引退したほうがいいんじゃないですか?』って。
あの一言で、俺の40年が……積み上げてきたキャリアのすべてが、一夜にしてガラクタに変わっちまった。
ガラクタどころか、今の時代の邪魔になるだけの『粗大ゴミ』だって宣告された気分だ。
プライド?
そんなもの、あの部屋に置いてきたよ。
ズタズタに引き裂かれて、もう拾い集める気力も残っちゃいない。
パソコンの電源ボタンに指をかけ、力を込める。画面が暗転し、静寂が戻る。
さよならだ、IT業界。
俺の居場所は、もうこの画面の中には、どこにもないんだな……。
ひとり言17:真面目な夫が流した涙(妻・65歳)
「……お父さん。
あんた、本当に真面目一筋の人だったわね。 会社員時代、どんなに辛いことがあっても、家では一度も弱音なんて吐かなかった。 そんなあんたが……定年を過ぎて、新しい一歩を踏み出そうと選んだのが、あのビルの清掃の仕事だった。
(夫の小さくなった背中を、闇の中でじっと見つめて)
たったの一週間だったわね。 新しい作業着を誇らしげに着て出かけていったあの日が、もう遠い昔のことみたい。
『そんなやり方じゃダメだ!』 『余計なことはするな、言われたことだけやってろ!』
息子のような年齢のリーダーに、他の人たちの前で毎日、毎日……。 あんたが積み上げてきた人生のすべてを否定するような、あの尖った言葉の数々。 どれほど、心が切り刻まれる思いだったことか。
(ある晩、ダイニングの椅子に座り込んだまま、震える声で絞り出した夫の言葉を思い出す)
『……もう、行きたくないんだ』
あの日、あんたが流した涙。 生まれて初めて見た、あんたのあんなに脆くて、悲しい涙。 私の胸が、張り裂けそうだったわ。 『もういいよ、お父さん。もう頑張らなくていい』って……。 そう言うのが精一杯だった。
(静まり返った部屋で、自分の手をぎゅっと握りしめて)
月15万円の収入。 今の私たちにとっては、喉から手が出るほど欲しいお金だったわ。 でもね、そのお金と引き換えに、あんたの心が壊れていくのを見るなんて……そんなの、絶対に間違ってる。
『あなたのせいじゃないよ』 そう言って、震える背中をさすってあげることしかできなかったけれど。
(窓の外、夜の闇に吸い込まれていく静寂を感じながら)
働くっていうのは、一体何なのかしら。 生きるためにお金が必要で、でもそのために心をすり減らして、ボロボロになって……。 定年を過ぎて、なおこんなに険しい道を歩かなきゃいけないなんて。
お父さん、明日はゆっくり眠りなさい。 15万円よりも、あんたが穏やかに笑ってくれることの方が、私にはずっと、ずっと大切なんだから……」
ひとり言18:資格があれば安泰だと思ったのに(55歳・元事務職)
「……痛てて。 結局、残ったのはこの壊れた腰と、使い物にならなくなった紙切れ一枚か。
55歳で早期退職して、ハローワークに通い詰めて……。 必死に勉強して取ったんだよ、この資格。 『これさえあれば、高齢化社会なんだから、食いっぱぐれることはない』 『第二の人生、誰かの役に立って安泰だ』 あの時の俺は、本気でそう信じて疑わなかったんだ。
(湿布の刺激臭が部屋に広がる中、力なく椅子に沈み込みながら)
でも現実は、そんな綺麗なもんじゃなかった。 60を過ぎて未経験の男を拾ってくれる場所なんて、結局、誰もが逃げ出すような場所しかないんだな。 俺がいた特養は、常に人手不足でギスギスした、泥舟のようなところだった。
夜勤明けの、あの真っ白に霧がかった頭で、自分より体の大きな利用者を抱え上げる。 グキッ、と嫌な音が腰に響くたびに、目の前が真っ暗になったよ。 手取り17万。 この痛みの代償が、たったそれだけかと思うと、笑う気力も起きなかった。
(壁に飾られた、かつての会社員時代の表彰状をぼんやりと見つめて)
何より堪えたのは、体じゃない。心だった。 娘のような、20代の先輩職員たちが、俺の背後でコソコソ笑いながら……。 『あの新人、動きが遅すぎるよね』 『正直、使えない。邪魔なだけ』
かつては部下を何人も従えて、大きなプロジェクトを回してきた。 それが今じゃ、『使えない粗大ゴミ』扱いだ。 あの冷たい視線に晒されながら働く3ヶ月間は、一生分かと思うほど長く、惨めな時間だった。
(修了証を手に取り、ぐしゃりと握りしめようとして、力なく手を離す)
『資格を取ればなんとかなる』なんて、 世間を知らない、甘い、甘すぎる考えだった。
資格はただの『入場券』に過ぎなかったんだ。 でも、その門の向こうに広がっていたのは、俺のような老兵には到底生き残れない、過酷な戦場だったんだよ。
さあ……。 明日の飯、どうすりゃいいんだろうな……」
ひとり言19:社会に必要とされない恐怖(69歳・男性)
「……いよいよ、底が見えてきちゃったな。
通帳の数字が減っていくのが、まるで砂時計の砂が落ちるのを見ているようで。 年金と、なけなしの貯金を切り崩して……。 『まだ大丈夫、まだ大丈夫』って自分に言い聞かせてきたけど、もう、ごまかしきれない。
(ハローワークでもらった、シワの寄った求人票を膝の上でそっとなでて)
交通量調査。日給1万円。 一日中、あの炎天下のアスファルトの上に立ち続ける仕事。 若い頃ならなんてことない作業かもしれない。でも、今の俺にとっては、文字通り『藁(わら)にもすがる』思いのチャンスだったんだ。
面接官の男は、俺の顔をまじまじと見て聞いたよ。 『ご高齢ですが、体力は大丈夫ですか? 倒れられたら困るんですよ』 ……俺、どんな顔してたかな。 必死に背筋を伸ばして、張り付いたような笑顔で、『はい、問題ありません! まだまだ現役です』なんて……。 あんなに自分を偽って、必死に売り込んだこと、今までの人生で一度もなかったよ。
(カバンの中で震えた、不採用通知を知らせるスマホの感触を思い出しながら)
なのに、結果はこれだ。……不採用。 理由は書いてない。でも、誰だってわかる。 俺の『年齢』が、あの1万円という数字に届かなかったんだ。
(遠くで家路を急ぐ親子連れの影を見つめて)
俺はただ、働きたいだけなんだよ。 自分の手で、今日食べるパンの代金を稼ぎたい。それだけなんだ。 それすらも、この社会は許してくれないのか。
『あなたはもう、必要のない人間ですよ』 そう突きつけられた気がして、このベンチから立ち上がる力が湧いてこない。 俺がここに座っていても、誰にも気づかれない。まるでもう、透明人間になっちまったみたいだ。
……悔しいなぁ。 働きたいのに。まだ、生きてるのに。 こんなに空が綺麗なのに、俺の居場所だけが、どこにも見当たらないよ……」
➊ひとり言20:働くことは社会との「命綱」(68歳・ハローワーク職員)
「……今日も、多かったな。
非正規の相談員として、この窓口に座ってもう何年になるだろう。 毎日、毎日、押し寄せるシニアの波。 彼らが持ってくる求人票の束からは、焦りや、不安や、そしてどうしようもない『孤独』の匂いが立ち上ってくる気がするんだ。
(記憶の中の、ある一人の女性の姿を思い浮かべるように、目を細めて)
特に忘れられない人がいる。あの67歳の女性。 いつもアイロンのかかった白いブラウスを着て、白髪をきれいにまとめて、背筋を伸ばして静かに座っていた人。 他の求職者が血眼になって端末を叩く中で、彼女だけはいつも、どこか遠くを見るような目で求人票を見つめていたっけ。
ある日、いつものように条件を確認しようとしたら、彼女、ふっと視線を落として、小さな声で呟いたんだ。
『どんな仕事でも、いいんです……。ただ、一日一度でいいから、誰かと話がしたい』
(窓口の喧騒が一瞬、遠のいたような気がした)
聞けば、ご主人を亡くされて、お子さんたちも独立して。広い家に、たった一人きり。 『一日中、テレビの音以外、誰の声も聞かない日もあるのよ』って、寂しそうに笑った顔が、今も目に焼き付いている。
(手元のキーボードに置いた自分の指先を、じっと見つめて)
俺たちは、いつも画面の向こうの数字ばかり見てる。 『時給』『勤務地』『年齢制限』……。 でも、彼女にとって『働く』ってことは、そんな条件のパズル合わせじゃなかったんだ。
あれは、社会と繋がっていたい、誰かと関わっていたいっていう、切実な『命綱』だったんだな。
条件だけでマッチングして、『はい、次の方』って流れ作業でさばいていく。 それが俺の仕事だと思ってたけど……。 あの求人票の裏側には、一人ひとりの、叫びだしたくなるような孤独な夜があるってこと、俺はどれだけ分かってやれてたんだろう。
(次の整理券番号を呼ぶマイクのスイッチに、迷いながら指をかける)
もっと、寄り添わなきゃいけないのは、マニュアル通りの対応じゃなくて、その震える声の奥にある『心』の方なんだよな……」
ひとり言21:消えないエリートのプライド(61歳・男性)
「……1,080円。 これが、38年間この国の技術を支えてきたと自負していた俺の、今の『時給』か。
(白衣の重みと、消毒液の匂いが染み付いた手をじっと見つめて)
一部上場の電機メーカー。あの頃は、世界を相手に仕事をしているっていう誇りがあった。 会議室で戦略を練り、部下に指示を飛ばし、大きなプロジェクトを動かしてきた。 それが今じゃ、朝から晩まで、ベルトコンベアの上を無機質に流れていく冷凍食品のパックを、ただひたすら見つめるだけの毎日だ。
(棚に飾られた、数年前の同窓会の集合写真を指でなぞる)
あいつらは……同期の連中は、今頃どこで何をしてるんだろうな。 役員に登り詰めた奴、関連会社の社長に収まった奴。 同窓会に行けば、自慢げな海外旅行の話や、スコアがどうだっていうゴルフの話ばかり。 『お前、今は何してるんだ?』 その問いが怖くて、酒の味もしなかった。 冷凍食品の検品をしてるなんて、口が裂けても言えるはずがない。
(暗いキッチンで、妻が残してくれた置き手紙に目を落とす。そこには『今日もお疲れ様。健康で働けるだけでありがたいわね』と書かれている)
ありがたい、か……。 たしかに、体は動く。仕事もある。妻の言うことは、正論だ。 でもな、心が追いつかないんだよ。 『なぜ俺だけが』。そんな黒い想いが、夜になると胸の奥からせり上がってくる。
(窓ガラスに映る、白髪の増えた、どこにでもいる『パートのおじさん』の姿を見て、目を逸らす)
一番怖いのは、かつての部下たちに会うことだ。 もし、あの工場の入り口で、白衣を着て帽子を目深に被った俺の姿を見られたら……。 あんなに厳しく、誇り高く指導していた上司が、時給1,080円で首をすくめて働いていると知られたら……。
捨てたつもりのプライドが、まだこんなに醜く俺の中に居座っている。 ガラクタみたいな自尊心が、今日も俺の首を絞める。
明日もまた、あの無機質なコンベアの前に立つのか。 ……誰にも見つからないように、ただの『記号』になってな」
ひとり言22:10万円以上の「価値」を見つけた父(65歳・娘より)
「……ふぅ。 いい疲れだ、なんて……半年か前の俺に言ったら、鼻で笑われるだろうな。
定年を迎えたときは、せいせいした気分だった。 これで好きなだけ釣りができる、誰にも邪魔されず、静かに余生を過ごせるって。 でも、毎日海を眺めていても、魚は何も語りかけてはくれない。 (窓の外、暗くなり始めた空をぼんやりと見つめて) 気がつけば、テレビの前で一日中ぼんやりして、自分が社会から切り離された抜け殻になったような気がして……あの時は、本当に怖かった。
母さんに背中を押されて、渋々ハローワークへ行ったときも、心の中じゃ毒づいていたんだ。 『学童保育の運転手? 子供の相手なんて、疲れに行くだけじゃないか』って。 条件だって、月10万そこら。 かつての給料と比べれば、小遣い稼ぎにもなりゃしないって、鼻にもかけてなかった。
(テーブルの上の色画用紙を、壊れ物を扱うようにゆっくりと開く)
でも、ハンドルを握ってバックミラー越しに見えるあの子たちの笑顔は……。 騒がしくて、生意気で、でも本当に眩しくて。
今日、バスを降りるときに、一人の女の子がこれを手渡してくれたんだ。 『うんてんしゅさん、いつもありがとう。あしたもよろしくね』 クレヨンで一生懸命書かれた、下手くそな文字。 (文字をなぞる指が少し震えている)
ありがとう、か。 40年近く働いてきて、会社で何度も聞いたはずの言葉なのに。 どうしてだろうな。 この小さな紙切れ一枚が、あの頃のどんな大きなプロジェクトの成功よりも、俺の胸を熱くさせる。
10万円。 たしかに贅沢ができる金額じゃない。 でも、俺は今、お金以上に重たいものをあの子たちからもらっている気がするんだ。 誰かに必要とされている。明日も待っていてくれる人がいる。
(台所から聞こえる、夕食の準備をする妻の包丁の音に耳を傾けながら、ふっと表情を和らげる)
明日も、安全運転で行かなきゃな。 あの子たちの『明日』を乗せて、走るんだから。
……さあ、飯にするか。 今日は、いつもよりずっと腹が減ってるよ」
ひとり言23:時代に取り残されたセンス(64歳・女性)
「……40年。 この手で触れてきた生地の感触、色の組み合わせ、シルエットの美しさ。 それが私の誇りだった。私の人生そのものだった。
(クローゼットの奥から、微かに香水の香りが漂ってくる気がして、目を閉じる)
あの店の、大理石の床をヒールで鳴らす音。 お客様の笑顔が咲く、華やかな照明の下。 私は、その世界の住人だって、ずっと思っていたのに。
(目を開け、足元に落ちていたハローワークの茶封筒を拾い上げ、ため息をつく)
『スーパーの衣料品コーナーはいかがですか?』 職員のあの事務的な声が、まだ耳に残ってる。 悪気がないのは分かってる。生活のためだってことも。
でもね……想像してしまったの。 あの、蛍光灯が寒々しく光る売り場で、ポリエステル100%の、安っぽいピンク色のエプロンを着けた自分の姿を。 (ぞっとしたように、自分の腕を抱きしめる) 体が震えたわ。耐えられなかった。 これまで私が積み上げてきた美意識が、センスが、音を立てて崩れ落ちていく気がした。
『経験を活かして』? 私のこの経験は、あの場所では何の役にも立たない。 客層も、価格帯も、求められる接客も、まるで違う世界の言葉だもの。
(クローゼットの鏡に映る、疲れ果てた自分の顔を見つめる)
ショーウィンドウに映る、この老婆は誰? ……ああ、そうか。これが現実なのね。 私が誇りに思っていた知識も、経験も、センスも。 今の時代にはもう必要とされていない、『時代遅れの遺物』だって突きつけられているみたい。
(鏡の中の自分に向かって、自嘲気味に笑いかける)
もう一度、あの場所に戻りたい。 あのスポットライトを浴びて、美しいものに囲まれて働きたい。 そんな夢を見る資格すら、もう私にはないのかしら。
夢じゃ、お腹は膨れない。家賃も払えない。 分かってる。痛いほど分かってるわ。 それでも……。
(再びクローゼットの中の、一番のお気に入りのカシミヤのコートに顔を埋める)
このプライドを捨ててまで生きることに、どんな意味があるっていうの……」
ひとり言24:タクシー運転手からポスティングへ(66歳・男性)

「……あと、三軒。 この三軒が終われば、今日の束はようやく捌ける。
(震える指先で、カバンの中から数枚のチラシを抜き出す。インクの匂いが鼻を突く)
一枚、三円。 十枚配って、ようやく自動販売機の缶コーヒーの足しにもなりゃしない。 タクシーを転がしていた頃は、この街の景色はもっと広く、自由に見えていたのになぁ。 ハンドルを握り、バックミラー越しにお客さんと世間話をして……あの頃の俺には、まだ『場所』があった。
(自分の目を強くこすり、ぼやけた視界を正そうとする)
視力が落ちて、免許が更新できなくなったあの日。 俺の人生の半分以上を占めていた『運転手』という肩書きは、音を立てて消えちまった。 ハローワークで紹介されたこの仕事が、今の俺に残された最後の、唯一の居場所だってのか。
(ふと、数日前の出来事を思い出し、表情を強張らせる)
『おい! ゴミを入れるなと言ってるだろ!』
ただ、言われた通りに、一枚一枚丁寧にポストに入れただけだ。 なのに、まるで害虫でも見るような目で見られて、怒鳴られて……。 (胸元を強く押さえ、苦しげに息を吐く) 『すみません』って頭を下げながら、惨めさで足が震えたよ。 俺は、ゴミを配ってるんじゃない。生きていくための糧を配ってるんだ。
(階段の踊り場で立ち止まり、夜の街を走るタクシーのヘッドライトを目で追う)
あの中に、かつての俺がいるような気がして。 月収4万円。 あの日々の、たった十分の一の稼ぎ。 家賃を払い、電気代を払えば、残るのは空っぽの財布と、このボロボロになった靴だけ。
これが、今の俺の、逃げようのない現実なんだな。
さあ……行かなきゃ。 あと三軒。あと九円分。 夜が明ける前に、この『ゴミ』を全部配りきらなきゃ……俺の明日はやってこないんだ」
ひとり言25:客室清掃で得た「褒め言葉」(62歳・女性)
「……よし。これで、今日の十室目。
(客室の大きな窓から見える街並みをぼんやりと見つめて)
六十二歳。 定年までずっと、空調の効いたオフィスで書類と向き合ってきた私が、まさかこんなに汗を流して働く日が来るなんてね。 ハローワークでこの仕事を紹介された時、自分にできるかしらって不安だったけど、現実は想像以上に過酷だった。
(自分の赤く荒れた指先を見つめ、そっとさする)
最初は、もう毎日が地獄。 ベッドメイク一つに手間取って、シーツの角がうまく合わない。掃除機をかけるだけで息が切れて、膝はガクガク。 二十代の若い子たちに、『まだ終わってないんですか?』『遅いと困るんですよね』って冷たい目を向けられるたび、情けなくて、トイレに駆け込んで涙を拭ったこともあったわ。
(かつての事務職時代の、座りっぱなしだった自分を思い出しながら、自嘲気味に笑う)
辞めたい、もう無理だって、何度自分に言い聞かせたかしら。 でもね……逃げられなかった。 通帳を開くたびに、現実が私を呼び止めるの。 『ここで投げ出したら、明日からどうやって生きていくの?』って。 歯を食いしばって、湿布を全身に貼って、ただがむしゃらに体を動かしてきた半年間。
(ポケットから、少し折れ曲がった社内報のコピーを取り出す。そこには表彰された自分の名前がある)
『お部屋がいつも綺麗で、気持ちよく過ごせました』 お客様からの、あの一枚のアンケート。 私の名前が書かれているのを見た時、なんだか震えが止まらなかった。 上司から表彰状を渡されたとき、かつての会社で大きな契約を取った時よりも、ずっとずっと誇らしい気持ちになれたの。
(再び、完璧に整えられた部屋を見渡して)
月収十四万円。 以前の給料に比べれば、小さな数字かもしれない。 でも、この十四万円には、私が自分の力で、この体で掴み取った『価値』が詰まっている。 誰かに必要とされている。私の仕事が、誰かの安らぎになっている。 そう思えるだけで、この腰の痛みも、少しだけ誇らしく思えるから不思議ね。
(ドアを静かに閉め、照明を消す。暗くなった部屋に、達成感だけが微かに残る)
さあ、明日もまた、この白いシーツを広げに行こう。 私の居場所は、ここにあるんだから」
ひとり言26:派遣切りの不安(59歳・女性)
「……また、この時間か。
あと数ヶ月で、60歳。 昔なら還暦祝いだって喜んだかもしれないけれど、今の私にとっては、それは『死刑宣告』へのカウントダウンでしかない。
(寝返りを打ち、枕に顔を埋める。くぐもった声で)
『60歳定年というルールですので』 派遣元の担当者は、まるで事務用品の廃棄期限を伝えるみたいに、あっさりと言ったっけ。 来年の誕生日で、今の派遣先との契約は終了。それが決定事項。
20年……。 色々な会社を渡り歩いてきた。正社員の人たちが嫌がるような仕事も、文句ひとつ言わず、真面目にこなしてきたつもりだ。 『あなたのおかげで助かったよ』なんて言葉を、馬鹿正直に信じて。
(布団から顔を出し、暗闇に浮かぶカレンダーの、赤く丸で囲まれた来年の誕生日の日付を睨みつける)
それなのに、60歳になった途端、これか。 まるで、期限切れの品物みたいに、社会からポンと捨てられる。 正社員の友人たちは、定年後も当たり前のように再雇用で働いているのに。 なぜ、派遣だけがこんなに不安定で、理不尽な扱いを受けなきゃいけないんだ。
(ベッドサイドの小さな灯りをつけ、引き出しから娘の大学の学費納入通知書を取り出す。震える指でその金額をなぞって)
ハローワークの人は言った。『派遣の場合、次の仕事がすぐに見つかる保証はありません』って。 保証がない? じゃあ、この子の残りの学費は? 私たちの明日の生活費は?
来月から、収入がゼロになるかもしれない恐怖。 それが、毎晩毎晩、真綿で首を絞めるように私を追い詰める。 ……怖い。 還暦を迎えるのが、こんなに怖いことだったなんて。
(通知書を握りしめたまま、再び深い溜息をつき、灯りを消す)
神様、お願いですから……。 ほんの少しでいい、安心して眠れる夜を、私にください……」
ひとり言27:学び直しの出口が見えない(68歳・元大工)
「……結局、これだけか。 必死に机にかじりついて、指を真っ黒にして覚えた知識の残骸が、この数枚のカードなんだな。
(膝の痛みに顔をしかめ、深く椅子にもたれかかる)
高いところが大好きだった。空に近い場所で、風を感じながら働くのが俺の誇りだった。 でも、膝が悲鳴を上げた途端、地上に引きずり下ろされた。 『次は、地面の上で、手に職をつけて生き直そう』 そう思って、ハローワークの門を叩いたんだ。
半年間。若いやつらに混じって、慣れない数式や機械の構造を頭に叩き込んだ。 朝から晩まで、教科書を読み耽って……。 これでまた、誰かに必要とされる、まともな仕事に就けるはずだって、自分に言い聞かせてきた。
(不採用通知のメールが届いたスマホを、裏返して伏せながら)
『資格は立派ですが、現場経験は?』 『24時間体制の宿直、そのお体で本当に大丈夫ですか?』
面接官のあの、品定めするような、冷ややかな視線。 資格なんて、ただの『入り口』に過ぎなかったんだな。 還暦を過ぎた、実務経験ゼロの老兵に用意された席なんて、この社会のどこにもなかったんだ。
(通帳を開き、50万円近く減った残高の数字を指でなぞる)
半年間の生活費、テキスト代……。 俺にとっては、命を削るようにして貯めた、血の滲むような金だった。 国は『学び直し』だなんて威勢のいいことを言うけれど、学んだ先に出口がないなら、それはただの『自己満足』という名の道楽じゃないか。
(免状を一枚ずつ重ね、引き出しの奥へ押し込む)
時間も、金も、希望も。全部ドブに捨てちまった気分だ。 俺が信じた『努力』は、ただの空回りでしかなかったのか。
……膝が、疼くな。 外はもう、こんなに暗いのか。 明日の行き先さえ見えないまま、俺はどこまで歩いていけばいいんだろうな……」
ひとり言28:惨めな再雇用生活(65歳・男性)
(薄暗い朝、通勤電車の揺れの中、窓に映る自分の顔を見つめながら)
…ああ、また今日もこの顔か。65歳。定年退職、おめでとうございます、なんて言われたのが、ついこの間のような気がするのに。今は、この同じ電車に、同じ時間に揺られて、同じ会社へ向かっている。ただ、名札が違う。「嘱託」の二文字が、いつもより重たく見える。
(オフィスの自分の席に着き、冷めたお茶を一口)
給料は、現役時代の四割…年収で言えば、たったの250万円。仕事は、ほとんど変わらない。むしろ、昔の自分がやっていたような、面倒な調整事務まで回ってくる。でも、責任だけは、どこかへ行ってしまったんだろうな。若い子たちが「あの爺さん、楽でいいよな」なんて言っているの、耳に入ってこないくらいの鈍感にはなれなかったよ。悔しい?ああ、悔しくてたまらない。昔の自分なら、そんな言葉を一度でいいから聞かせてやると、にらみつけたもんだ。
(昼休み、自分で用意したお弁当を広げながら)
昔は、部下を連って居酒屋の大将と「今日は何にする?」なんて言ってたんだ。今は、このコンビニの値引き肉のお弁当だ。いや、手作りか。妻の心遣いだ。ありがたいことだ。でも、この寂しいデスクの上で、一人で箸を持つ姿が、まあ惨めだ。誰とも話さず、ただ急いで口に運ぶ。休憩時間が、もどかしく長いんだ。
(ハロワの窓口で、親切そうな担当者の言葉を思い出し)
「この年齢で、この条件以上の仕事はまず見つかりませんよ」…その言葉が、頭から離れない。現実なんだ。これが、俺の価値なんだ。高年齢雇用継続給付金でいくらかは補填される、と聞かされたが、それで生活が楽になるわけじゃない。ただ、絶望の底から、顔を出せるくらいだ。
(夕方、会社を出て、冷たい雨が降り始めの中を歩きながら)
プライドなんて、もうとうの昔に、この会社の玄関で捨ててきたつもりだった。でも、まだ心の片隅に残っていたのかもしれない。今は、もういい。捨てた。すっかり捨てた。
「給料分の仕事は、きっちりこなす」…そう自分に言い聞かせた。これは、諦めじゃない。生きるための、最後の誇りだ。誰にも文句を言わせない。この250万円分の仕事を、誰よりも丁寧に、そして、誰よりも速くこなしてやる。そのために、俺はここにいる。
(雨に濡れながら、足早に家路を急ぐ)
…ただ、雨が、少し冷たいな。
ひとり言29:子育て後の虚脱感(63歳・女性)
(娘夫婦の家、二階の自分だけの小さな部屋。窓の外では、子供たちの元気な声が聞こえてくる。その声を聞きながら、ひざに置いた自分の手を見つめている)
…あの声が、本当に嬉しい。あの声が、私が頑張ってきた証明だから。50歳であの人を亡くして、夜も昼もなく、ただ子供たちのために働いた。あの頃の自分、まるで機械だった。涙もろいなんて、贅沢なことだった。お弁当作って、洗濯して、病院に連れて行って…それが私の世界のすべてだった。
(廊下を下りて行く娘の足音を聞き、息をひそめる)
「お母さん、もうゆっくりしていいのよ」…そう言ってくれる優しい娘だけど、その優しさが、時々、私の胸をしめつける。ここは、彼らの家。私は、ただ居候させていただいている。食事を作らせてもらうと「もう、やめておいて」と言われる。何かを買ってくると「そんなこと、しなくてもいいのに」と。その言葉の裏に、「余計な出費は勘弁して」という本音が聞こえるような気がして、肩身が狭いの。この家で、私はただ、もう働けないおばあちゃんなんだ。
(昨日のハローワークの冷たい椅子の感触を思い出し)
持病があるから、無理はできないと言った。担当者の人は、困ったように私の顔を見て、「ええっと、軽作業なら…」と、どこか遠い場所の求人票を探していた。この年で、この体じゃ、私にできることなんて何もないのかな。私の価値は、あの頃、あの人と一緒に埋まってしまったのかな。
(昨日、デパートの玩具売り場で立っていたことを思い出し、唇を噛む)
孫の誕生日。あの子が一番欲しがっている、あの電車の玩具を買ってあげようと思ったの。値札を見て、そっと財布を開いた。そして、愕然とした。中にあるのは、小銭だけ。あれほどがむしゃらに働いてきたのに、私の貯金が、ほとんどないことに…。どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。
(窓の外を見て、夕焼けが沈んでいくのを見送りながら)
娘に、「少し貸して」と言える?いや、無理だ。あの子たちも、必死に生きている。ローンだってあるだろう。私のせいで、彼らの生活を圧倒するなんて、できるわけがない。
子供のために生きてきた。それだけだった。でも、子供が巣立った今、私の人生は一体どうなるんだろう。これから、この小さな部屋で、ただ、日が暮れるのを待つだけなのかな。不安で、夜も眠れない。この先、何十年、私、こうやって生きていくのかな…。ああ、ただ、ただ、怖い。

ひとり言30:高望みをやめて楽になった(67歳・男性)

(一冊の古い童話本を手に取り、指先で表紙の擦れをそっとなぞりながら)
「……ああ、この匂い。やっぱり、落ち着く。 何十年も前に誰かがめくったページの跡。その重なりが、この静寂を作ってるんだな……。 ……よし。これで、この棚は終わり、か。」
(窓から差し込む斜光に、細かな埃がダンスのように舞っているのをぼんやりと見つめ)
「……地獄だったな、あの頃は。 ハローワークのあの冷たい椅子に座って、ため息をつくことしかできなかった。 『年齢が』『経験が活かせない』……。 突き放されるたびに、自分はもうこの社会に必要ない『お荷物』なんだって、暗い部屋でカーテンを閉めたまま、テレビの音だけを聞いて過ごしてた。 ……あの頃の自分に、教えてやりたいよ。今のこの光を。
『おはようございます。今日もお願いしますね』
司書さんがそう言って笑ってくれるだけで、昨日までの重たい気持ちが、少しずつ、少しずつ浮き上がっていくんだ。 ただ挨拶を返して、頭を下げる。 たったそれだけのことが、こんなに救いになるなんてな。
(作業を続け、背表紙をカチリと揃える音を聞きながら)
週に3日、1日4時間。……月に4万円か。 かつての自分なら『そんな端金に何の意味がある』って、鼻で笑っていただろうな。 でも、今は違う。 この4万円は、私がまだ、この世界でちゃんと息をしているっていう『証明』なんだ。
『いつも、きれいに並べてくれてるから。本を探すのが、楽しいのよ。ありがとう』
さっきのおばあさんの言葉……。 何百万円の給料より、今の私にはずっと重い。 誰かの役に立っている。感謝される。 その実感が、冷え切っていた胸を、じんわりと温めてくれるんだ。
(窓の外、夕暮れの景色を眺めて)
高望みをやめたら、こんなに気持ちが楽になった。 肩書きも、高い給料も、誰かからの評価も、全部手放して残ったのは……。 この静かな時間と、ささやかな感謝。そして、明日もここに来られるという小さな期待。
十分だ。今の私には、これで、もう十分なんだ。 自分を少しだけ、好きになれた。 ……それだけでいい。
さあ、帰ろう。 明日もまた、このインクの匂いのする場所へ来るために。」
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次